「星の下に生まれて」
ひんやりとした夜の空気は、飲み込んでもすがすがしい。
どうしてこんなに、昼間とは様相が違うんだろう。
その日の幕閉じには、喧騒よりもこちらのほうが似合っている。
「……上むいて歩いていると変な人に思われるぞ。」
「いいの、いいの。」
軽い調子で答えながら付け加えた。
「どうせ見知らぬ行きずりの人々じゃない。」
「行きずりって…。ここお前の地元じゃねえか。」
「地元の見慣れた景色よりも、空の魅惑的な星に夢中なの。」
むちゃくちゃな言い分を矢継ぎ早に、私は答えていた。
少しの沈黙。
ぼそりと「横の俺の立場はどうしたらいいかね。」と聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
しょうがないなあ。
隣の彼をかまってあげる。
「昔はね、そんなに星は好きじゃなかったんだ。というかあまり興味がなかったの。」
「へえ。じゃあ上見て変な人みたいに歩かなかったわけだ。」
「ううん。」
「え。」
「私、月好きだったから。月見てた。」
「あ。そうですか。」
「……。」
なにかまだ彼の言葉は続くんじゃないかと思ったが”また”沈黙が流れた。
まあどうせ何か言われても良い事ではなさそうだったから別にいいか。
「月はねー。いいよ。毎日形が違う。もうすぐ、あとちょっとで満月になるぞ! 今日かな、明日かな、いや、これはまんまるじゃないかも。って見てるのが楽しくて。綺麗だし。」
「カレンダー見れば満月の日ぐらい、すぐわかるじゃんか。」
投げやりな言葉。
視界の隅で小さくため息をついている姿が映る。
「まあまあ。今は星のほうが好きなんだから。そのころの私についてはあまり言及しないで。」
カレンダー。
それで満月の日を確認してから眺めたことのない私はすこし怖気づいた。
「じゃあなんだよ、星が好きな今についてなら聞いてもいいのかよ。おお。聞かせてもらおうじゃないか。星がでてれば空を仰いじゃってる変な彼女さん。」
「前ね、友達にね『星にはロマンがある』って言われてね。」
「友達って男? 女?」
「女」
「なんだ。」
「レズビアンだけど。」
「へ!? まじで? うそだろ!?」
「うん。嘘。」
けろりと告白する。
「なんだよ、本当に驚いちまったじゃねえか。」
「じゃなくてね。……私は感動したのよ。『星にはロマンがある』なんていう人が実際にいるんだって。」
昼間は暖かい風だって吹くのに、夜は冷たい風しか運ばれてこない。
「俺には全然その友達が褒められているようには聞こえない。」
「褒めてるわよ。言ってるじゃない。感動した、って。」
返事は返ってこなかった。
私は過去を反芻する。
「まあ…。それまで『星にロマン』があるっていう言葉は実際には使われるものじゃないと思っていたのよ。なのに友達がさらっと使っている姿をみて衝撃をうけたのね。きっと。でもそれだけじゃなくて、理由はほかにもあって、月がよろしくないっていわれたからなんだけれどね。占いの人に。」
「はあ? 占い? それで真に受けてあっさり、好きだった月をみるのをやめたのかよ。」
「やめたわけじゃないけど……。自重しようかと……。」
「あ、そうですか。」
なげやりに言われた。
なんでもかんでも真に受けてその通りにするってわけじゃないけれど。
”よくない”って言われていることはやらないほうがいいかな……。
って思っちゃうもんでしょう?
「私にはね、星にロマンが見えないのよ。残念ながら。」
「なのに見てんのかよ。」
「なんか言った?」
「なんでも。」
「ロマンって字でかかれている訳でもないし、実際は光ってないし。」
「変なところで夢がないな。」
「……なんか言った?」
「いいえ。なんでも。」
もうこっちを見ない。
彼は本当に、心の奥底からあきれているらしい。
それでも話につきあってくれている。
「見えるようになりたいと思うわけよ。ロマンを見出せるようなね。昼間はそんなことは微塵もおぼえていなくて現実にふりまわされまくって、失敗して面倒なことになっての堂々巡りの行動をしているけれど。」
「知ってる。」
「そんなわけで。星は私にとって”鍵”なのよ。ロマンなんて言葉を思い出して、そういえば私、こんな荒んだ心でいちゃいけないんだわ。って気づくための。」
ふむふむ、とわざとらしく納得した彼。
彼の方をようやく見た私を、彼はまっすぐに私の瞳を捕らえた。
「じゃあ思い出してくれたかな? もう君の家の前に到着しているって。寒いから俺はもう帰ってもいいかなあ、って君に聞いたこと。」
「……。も、もちろんよ。」
どどどどど動揺なんてなかった。
「じゃあな、また明日。」
「うん。明日ね。」
離れようとした彼の腕を引き寄せて、背伸びをして頬に軽くキスをした。
いきなりだったからか、それともちょっと強引にしたからか、彼はびっくりして動かなくなった。
「星の下でも、ロマンある?」
「…………………。おう。」